流れ雲 第四章〜至福のとき〜
いまどき珍しく、一次会が引けたのは夜も十時を回っていた。
二次会に誘われたが、この会社は二次回以降は会費折半がお定まりで金銭に余裕のない誠は「出世には付き合いも・・」やんわりと促す先輩の声を体調を理由に断った。
解散の声と共に誠は路上に飛び出したが、幸いにして追いかけてくるものはいない。
空は晴れ渡っていて夜空に無数の星が瞬く街道をひたすら紀子の待つ家路に向かって歩いていた。
年の暮れのこの時期ともなればボツボツ白いものが舞いだすが、今年は幸いにしてまだその様子はない、それでも歩くにつれ誠の足元は芯から冷えた。
会に向かうときは会社の先輩の車に相乗り、その道を今度はひとりで歩いて引き返すことになった。
タクシーを拾いたいがワンメータ乗れば一食消えると思えば苦痛も消えた。
灯の消えた玄関先の鍵穴を星明りで見つけ鍵を差し込んで開けてはみたものの様子が違う。
家には出かけたときと違って、まるで生気が感じられなかった。
これまで誰も住んでいなかった空家のように空気が冷たい。
奥の寝室から起き出してきた紀子を見たとき誠はそれが誰だか咄嗟には気が付かなかった。
「おかえりなさい。今夜は帰るとは思わなかったから・・」
自分ひとりで暖房をつけるのはもったいないから切っていたと言った。
「布団に入れば温かいから」
深夜になっても眠れない寒さをひとりで耐え、眠れない夜を過ごしていたことは見ないでも判る。
「会場が熱くて汗をかいたから風呂に入りたい」
誠は一瞬でも早く紀子を暖めてやりたかった。
一緒に入ろうかと誘うといそいそと着替えやらタオルやらを持ち出し風呂の用意をしに浴室に入っていった。
「お風呂沸いたから入って」
疲れたでしょう 洗ってあげるから浴槽に入って温まっててねと言い残して寝室へ消えていった。
浴槽に入り待つほどもなく脱衣所で紀子が着替える音がして、やがて浴室のドアが開いた。
「温まった?洗ってあげようか」
ありがとうと答えたものの誠は眼のやり場に困った。
「いすに座って頂戴」
いきなり目の前に綺麗な女体をさらされ行き場を失った誠にとって後ろ向きはむしろ好都合と言えた。
「痒いところがあったら言ってね」
手のひらに石鹸をたっぷり泡立てて上から丁寧にこすっていく。
背中が終わると前に回り首筋からつま先まで隅々まで綺麗さっぱりと洗い終わった頃、風呂場の中はまるで春のような穏やかさに包まれていた。
「一緒に入っていい?」
紀子に聞かれた頃には誠は紀子に触れることで萎縮するふうがなくなっていた。
「ひとりで拭けるから・・」
誠の言葉を聞かなかったかのように紀子は風呂から上がった誠の身体を隅々まで拭きあげ着替えを手伝った。
風呂を終え、布団に入って待つほどもなく紀子はパジャマ姿で寝室に入ってきた。
「寒かったら俺の布団に入れよ」
一緒に住み始めて初めて紀子を同じ布団に誘った。
はいと答えてうれしそうに潜り込んでくる。
「あったかい」
足を絡ませながら紀子は誠の懐に潜り込むようにしながら甘えてきた。
鼻腔をくすぐる甘い香りに誘われるように誠は紀子の身体に手を回して引き寄せた。
「こうしてたら布団から出ないだろう?」
おずおずと言う誠を相手にごく自然のように装いながら紀子は誠の胸に顔をうずめ、やがて小さな寝息を立て始めた。
「好きだった。 いい出せなくて・・」
寝入ってしまった紀子に向かい、誠は悔やむ気持ちを素直に口にした。
小さな身体の何処にこれほどの忍耐力があるだろうかと、不思議に思えるほどに代償を望むべきも無い同居人に尽くしきった。
男としてだらしの無い話だが、生活といわず全てにおいて紀子に頼りきっていたように思う。
数時間前に味わった大人の世界への嫌悪感は、紀子が発する甘美な香りと足元に触れるふくよかな感触によって次第に薄れ安堵感に満ちた深い眠りへと入っていった。
二次会に誘われたが、この会社は二次回以降は会費折半がお定まりで金銭に余裕のない誠は「出世には付き合いも・・」やんわりと促す先輩の声を体調を理由に断った。
解散の声と共に誠は路上に飛び出したが、幸いにして追いかけてくるものはいない。
空は晴れ渡っていて夜空に無数の星が瞬く街道をひたすら紀子の待つ家路に向かって歩いていた。
年の暮れのこの時期ともなればボツボツ白いものが舞いだすが、今年は幸いにしてまだその様子はない、それでも歩くにつれ誠の足元は芯から冷えた。
会に向かうときは会社の先輩の車に相乗り、その道を今度はひとりで歩いて引き返すことになった。
タクシーを拾いたいがワンメータ乗れば一食消えると思えば苦痛も消えた。
灯の消えた玄関先の鍵穴を星明りで見つけ鍵を差し込んで開けてはみたものの様子が違う。
家には出かけたときと違って、まるで生気が感じられなかった。
これまで誰も住んでいなかった空家のように空気が冷たい。
奥の寝室から起き出してきた紀子を見たとき誠はそれが誰だか咄嗟には気が付かなかった。
「おかえりなさい。今夜は帰るとは思わなかったから・・」
自分ひとりで暖房をつけるのはもったいないから切っていたと言った。
「布団に入れば温かいから」
深夜になっても眠れない寒さをひとりで耐え、眠れない夜を過ごしていたことは見ないでも判る。
「会場が熱くて汗をかいたから風呂に入りたい」
誠は一瞬でも早く紀子を暖めてやりたかった。
一緒に入ろうかと誘うといそいそと着替えやらタオルやらを持ち出し風呂の用意をしに浴室に入っていった。
「お風呂沸いたから入って」
疲れたでしょう 洗ってあげるから浴槽に入って温まっててねと言い残して寝室へ消えていった。
浴槽に入り待つほどもなく脱衣所で紀子が着替える音がして、やがて浴室のドアが開いた。
「温まった?洗ってあげようか」
ありがとうと答えたものの誠は眼のやり場に困った。
「いすに座って頂戴」
いきなり目の前に綺麗な女体をさらされ行き場を失った誠にとって後ろ向きはむしろ好都合と言えた。
「痒いところがあったら言ってね」
手のひらに石鹸をたっぷり泡立てて上から丁寧にこすっていく。
背中が終わると前に回り首筋からつま先まで隅々まで綺麗さっぱりと洗い終わった頃、風呂場の中はまるで春のような穏やかさに包まれていた。
「一緒に入っていい?」
紀子に聞かれた頃には誠は紀子に触れることで萎縮するふうがなくなっていた。
「ひとりで拭けるから・・」
誠の言葉を聞かなかったかのように紀子は風呂から上がった誠の身体を隅々まで拭きあげ着替えを手伝った。
風呂を終え、布団に入って待つほどもなく紀子はパジャマ姿で寝室に入ってきた。
「寒かったら俺の布団に入れよ」
一緒に住み始めて初めて紀子を同じ布団に誘った。
はいと答えてうれしそうに潜り込んでくる。
「あったかい」
足を絡ませながら紀子は誠の懐に潜り込むようにしながら甘えてきた。
鼻腔をくすぐる甘い香りに誘われるように誠は紀子の身体に手を回して引き寄せた。
「こうしてたら布団から出ないだろう?」
おずおずと言う誠を相手にごく自然のように装いながら紀子は誠の胸に顔をうずめ、やがて小さな寝息を立て始めた。
「好きだった。 いい出せなくて・・」
寝入ってしまった紀子に向かい、誠は悔やむ気持ちを素直に口にした。
小さな身体の何処にこれほどの忍耐力があるだろうかと、不思議に思えるほどに代償を望むべきも無い同居人に尽くしきった。
男としてだらしの無い話だが、生活といわず全てにおいて紀子に頼りきっていたように思う。
数時間前に味わった大人の世界への嫌悪感は、紀子が発する甘美な香りと足元に触れるふくよかな感触によって次第に薄れ安堵感に満ちた深い眠りへと入っていった。
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