流れ雲 第二章〜運命〜
誠と紀子が知り合ったきっかけは市内の酒屋さんで紀子がアルバイトをしていて、裏の倉庫整理を頼まれ、重い酒の出し入れに四苦八苦していたのを見かけた誠が客の立場を忘れて手伝ってくれたことが紀子の心を動かし、アルバイトが終わった後でお礼に近所でお茶に誘ったことから付き合いが始まった。
紀子は高校を卒業し、田舎から出てきて将来は歌手になりたくてアルバイトをしながら夜は演劇学校に通っている。
誠は工業高校を卒業し、将来は土木技術者になりたくて、とりあえず市内の土建会社に就職し、見習を続けながら国家試験合格を目指していた。
ふたりとも遊びたい盛りだがお金に苦労しているふたりであってみれば、デートは市内をブラブラしたあと紀子の部屋で一緒に過ごすだけということが多かった、そんな時でも誠は根っからの真面目な性格が災いしてか一向に紀子に気持ちを聞き出す勇気さえなく紀子の姿を横目で捉えながらひとり悶々とするばかりだった。
向かい合って食事を済ませ、並んでテレビを見ながら紀子はそっと誠に手を差し伸べる仕草をしたが、気が付いた誠のほうが真っ赤になって手を引っ込めてしまい、双方に抑えきれないような慟哭の時間が流れても結局は世間話で紛らわし、何事も無かったかのように夜になると誠はさっさと帰っていった。
それでも出会う機会が多くなると自然、ふたりの話は将来に向いた。
将来はレインボーブリッジのような橋を架けるのが夢だと話す誠の横顔を見るとき、紀子には言いようの無い幸せを感じ、誠から将来のために家族を紹介しておくと言う申し出を喜んで受けた。
誠の住む贅沢な家に度々訪問することになったある日、紀子は卓に呼び出された。
「突然こんな時間に呼び出してすまない」
浮かない顔をして話し出した言葉を聞いて紀子はうろたえた。
誠は学校では成績が良くなく、ましてや高校出では技術者には雇ってくれないし、あいつが学校を卒業して間もなく、悪童達と付き合っていてサラ金に手を出して身動きできなくなっている。
「あいつには可愛そうだが、将来のためにはサラ金だけは何とかしないと・・・」
今日とて会社に取立てが来て社長は散々苦労をして追い払ったと卓は苦渋の色を滲ませた。
「誠さんに悟られないように借金を返せる宛はないんでしょうか」
しかし酒屋の店番では給料はたかが知れていて、それでなくとも演劇学校の支払いで月末は食べるものさえ我慢する日々が続く。
「能力が無くて出世がおぼつかないだけじゃなく、サラ金に追われまくれば技術を身に付けるどころじゃなくなる」
「お金なら月々私がなんとか支払います」
あんたの給料じゃたかが知れているんじゃないかい?
「誠に内緒でやりゃー大丈夫さ! なーに使ったって内緒にしてりゃわかりっこない」
卓の提案にさすがに紀子は蒼白になった。
「大丈夫さ、客は俺が選んで連れていく、決して身体に障るような真似はさせないし、口が堅いのはこんな出会いではあたりまえのことだ」
結局それから三日後の誠の実家の二階で紀子にとって生まれて初めての男を迎え入れた。
客との行為が終わったままの身体で出かけることはさすがに紀子にも出来かねたが、この家はソーラー電化住宅であるために、いつでも自由に浴室が使えることが助けになった。
客と義兄にかわるがわる弄ばれ、開放されると紀子は周囲の人たちから隠れるようにしながら大急ぎで職場に出かけた。
酒屋の開店は10時からで、店員なら開店前に職場に入って準備を整えるのが普通だが、約束の時間になっても出勤しない今の紀子に店主は当然のように苦情を言う、それに紀子は一言たりとも言い訳はしなかった。
真面目に立ち働くことで店のみんなに心の中で手を合わせた。
店の中での紀子は実によく気が付く子だった。
いざ出勤となるとどんなに苦情を言われても客の前では決して泣き顔は見せない
それどころか笑顔を絶やさず、くるくるとこまめに立ち働く姿を見て、それ以上は店の主人も遅れる理由を追求はしなかった。
店の仕事が終わると紀子は自宅を出る前に新聞のチラシで見つけたお買い得品を近くのスーパーに自転車を走らせ手早く買って自宅へ急いだ。
誠が帰ってくるまでのわずかの間に掃除を済ませ、夕ご飯の支度にかかった。
最初の内こそ誠は紀子に遠慮して休日だけ出会うようにしていたが、仕事や周囲の付き合いに疲れ、動くことはもとより口を利く気にもなれない自分の目の前でごく自然に身の回りの世話をやき、お風呂が沸いただの着替えは出しておいただのと、それでなくとも気になる女から恋人気取りに言われることが心地よく感じてついつい居着くようになってしまっていた。
食後にぼんやりしている傍らでそれとなく首筋や背中を摩られては青春真っ只中の若者にはめったなことで逃れられるものではない。
ましてや実家と違って若い女性が住む家はそこはかとなく甘い香りが漂い、こぎれいに片付けられた女の子の部屋を見るにつけ若いエネルギーに満ち溢れた誠のそれまでの気取った感覚はことごとく打ち砕かれ、並んで座った紀子の胸元やこまめに動き回る仕草の端々から垣間見る腰から太もものあたりの流れるような曲線のまぶしさに理性がかき乱され苦悶する日々が続いた。
結局誠は意味も無い理由をつけてはずるずると紀子のアパートに居座るようになっていった。
紀子は誠が家に出入りするようになってから自分の性格が変わってきたことに気付きはじめていた。
疲れて帰ってきた日などは掃除などは一切せず、食事も買ってきた食品の容器ごと器にして食べていたほどの横着な態度が影をひそめ、何事か家事を楽しそうにこなす自分に「これが恋を知った女・・」と胸を衝かれる。
それぞれの身上話をしているうちに紀子が気を使って疲れた誠を摩る柔らかな仕草に誠は酔いしれ、昼間の疲れも手伝ってかそのままうつらうつらとしてしまい、しばらくして揺り起こされても再び紀子の布団に一緒に潜り込み朝を迎えるのが当り前のようなり、朝起きが苦手な誠のために紀子が用意してくれた朝食をそこそこに済ませ大急ぎで持たされたお弁当持参で職場に出かけ、夕方仕事が終わると熟年の亭主が自宅を目指すように紀子の部屋へ帰る日課がごく自然に出来上がってしまっていた。
技術職とはいえ誠はまだ使いっぱしりの身分であっては雑務も当然言いつけられる。
所詮体力勝負の世界だということは紀子も苦労して育っただけにわかっていて、だからこそこれまで自分ひとりで勝手気ままに間に合わせを食して終わっていた夕食についても特別に造った。
誠に持たせるお弁当までもが誠の出世がかかっていると思い込み、その出費は今の生活では痛かったが、好きな男の将来ゆえ苦しみを口に出すことは出来ないと自分の食を細くしても分け与えた。
卓の世話で週に数回男に抱かれたからと言って紀子は一銭も受け取ることは無く、全てはこれまでコツコツと夢にまで見た演劇のため貯金を切り崩しては生計を立てて行かざるをえなかった。
誠も会社で得た給料は封を切らずに紀子に手渡してくれてはいたが、紀子はこれを全て誠の将来のためにこっそり貯金し、夜 誠が話してくれる夢を自らの夢にダブらせることで諦めた。
「紀ちゃん、悪いんだが夕方一時間ほど残業を・・」
書入れ時に学校を理由に早仕舞いしていた我侭が通る訳も無いことは判っていて曖昧な返事を繰り返していた紀子だが、正直生計は限界に来ていた。
夕方の一時間店を手伝えばせめてひとり分の食事代は捻出できる。
この頃になると日々の米代にも事欠いた。
結局出勤が遅れる分だけ残業をすることになり、その分細い肩に家事が重くのしかかる。
学生のころテレビ番組を見ながら夢にまで見た歌手への道を、誠のために完全に諦めざるを得なかった。
助かるのは誠の会社も年度末を迎え連日残業を繰り返すことで、場合によっては深夜業務もあったりしてふたりで過ごす時間は日増しに少なくなっていった。
それでなくともこれまでは週に二〜三度迎えが来ていたものがこの頃は連日のように急き立てられる。
それもこれも誠の将来のためだと思えばこそやむを得ないと諦めて、気が付けば店番は深夜にまで及ぶこともあった。
紀子は高校を卒業し、田舎から出てきて将来は歌手になりたくてアルバイトをしながら夜は演劇学校に通っている。
誠は工業高校を卒業し、将来は土木技術者になりたくて、とりあえず市内の土建会社に就職し、見習を続けながら国家試験合格を目指していた。
ふたりとも遊びたい盛りだがお金に苦労しているふたりであってみれば、デートは市内をブラブラしたあと紀子の部屋で一緒に過ごすだけということが多かった、そんな時でも誠は根っからの真面目な性格が災いしてか一向に紀子に気持ちを聞き出す勇気さえなく紀子の姿を横目で捉えながらひとり悶々とするばかりだった。
向かい合って食事を済ませ、並んでテレビを見ながら紀子はそっと誠に手を差し伸べる仕草をしたが、気が付いた誠のほうが真っ赤になって手を引っ込めてしまい、双方に抑えきれないような慟哭の時間が流れても結局は世間話で紛らわし、何事も無かったかのように夜になると誠はさっさと帰っていった。
それでも出会う機会が多くなると自然、ふたりの話は将来に向いた。
将来はレインボーブリッジのような橋を架けるのが夢だと話す誠の横顔を見るとき、紀子には言いようの無い幸せを感じ、誠から将来のために家族を紹介しておくと言う申し出を喜んで受けた。
誠の住む贅沢な家に度々訪問することになったある日、紀子は卓に呼び出された。
「突然こんな時間に呼び出してすまない」
浮かない顔をして話し出した言葉を聞いて紀子はうろたえた。
誠は学校では成績が良くなく、ましてや高校出では技術者には雇ってくれないし、あいつが学校を卒業して間もなく、悪童達と付き合っていてサラ金に手を出して身動きできなくなっている。
「あいつには可愛そうだが、将来のためにはサラ金だけは何とかしないと・・・」
今日とて会社に取立てが来て社長は散々苦労をして追い払ったと卓は苦渋の色を滲ませた。
「誠さんに悟られないように借金を返せる宛はないんでしょうか」
しかし酒屋の店番では給料はたかが知れていて、それでなくとも演劇学校の支払いで月末は食べるものさえ我慢する日々が続く。
「能力が無くて出世がおぼつかないだけじゃなく、サラ金に追われまくれば技術を身に付けるどころじゃなくなる」
「お金なら月々私がなんとか支払います」
あんたの給料じゃたかが知れているんじゃないかい?
「誠に内緒でやりゃー大丈夫さ! なーに使ったって内緒にしてりゃわかりっこない」
卓の提案にさすがに紀子は蒼白になった。
「大丈夫さ、客は俺が選んで連れていく、決して身体に障るような真似はさせないし、口が堅いのはこんな出会いではあたりまえのことだ」
結局それから三日後の誠の実家の二階で紀子にとって生まれて初めての男を迎え入れた。
客との行為が終わったままの身体で出かけることはさすがに紀子にも出来かねたが、この家はソーラー電化住宅であるために、いつでも自由に浴室が使えることが助けになった。
客と義兄にかわるがわる弄ばれ、開放されると紀子は周囲の人たちから隠れるようにしながら大急ぎで職場に出かけた。
酒屋の開店は10時からで、店員なら開店前に職場に入って準備を整えるのが普通だが、約束の時間になっても出勤しない今の紀子に店主は当然のように苦情を言う、それに紀子は一言たりとも言い訳はしなかった。
真面目に立ち働くことで店のみんなに心の中で手を合わせた。
店の中での紀子は実によく気が付く子だった。
いざ出勤となるとどんなに苦情を言われても客の前では決して泣き顔は見せない
それどころか笑顔を絶やさず、くるくるとこまめに立ち働く姿を見て、それ以上は店の主人も遅れる理由を追求はしなかった。
店の仕事が終わると紀子は自宅を出る前に新聞のチラシで見つけたお買い得品を近くのスーパーに自転車を走らせ手早く買って自宅へ急いだ。
誠が帰ってくるまでのわずかの間に掃除を済ませ、夕ご飯の支度にかかった。
最初の内こそ誠は紀子に遠慮して休日だけ出会うようにしていたが、仕事や周囲の付き合いに疲れ、動くことはもとより口を利く気にもなれない自分の目の前でごく自然に身の回りの世話をやき、お風呂が沸いただの着替えは出しておいただのと、それでなくとも気になる女から恋人気取りに言われることが心地よく感じてついつい居着くようになってしまっていた。
食後にぼんやりしている傍らでそれとなく首筋や背中を摩られては青春真っ只中の若者にはめったなことで逃れられるものではない。
ましてや実家と違って若い女性が住む家はそこはかとなく甘い香りが漂い、こぎれいに片付けられた女の子の部屋を見るにつけ若いエネルギーに満ち溢れた誠のそれまでの気取った感覚はことごとく打ち砕かれ、並んで座った紀子の胸元やこまめに動き回る仕草の端々から垣間見る腰から太もものあたりの流れるような曲線のまぶしさに理性がかき乱され苦悶する日々が続いた。
結局誠は意味も無い理由をつけてはずるずると紀子のアパートに居座るようになっていった。
紀子は誠が家に出入りするようになってから自分の性格が変わってきたことに気付きはじめていた。
疲れて帰ってきた日などは掃除などは一切せず、食事も買ってきた食品の容器ごと器にして食べていたほどの横着な態度が影をひそめ、何事か家事を楽しそうにこなす自分に「これが恋を知った女・・」と胸を衝かれる。
それぞれの身上話をしているうちに紀子が気を使って疲れた誠を摩る柔らかな仕草に誠は酔いしれ、昼間の疲れも手伝ってかそのままうつらうつらとしてしまい、しばらくして揺り起こされても再び紀子の布団に一緒に潜り込み朝を迎えるのが当り前のようなり、朝起きが苦手な誠のために紀子が用意してくれた朝食をそこそこに済ませ大急ぎで持たされたお弁当持参で職場に出かけ、夕方仕事が終わると熟年の亭主が自宅を目指すように紀子の部屋へ帰る日課がごく自然に出来上がってしまっていた。
技術職とはいえ誠はまだ使いっぱしりの身分であっては雑務も当然言いつけられる。
所詮体力勝負の世界だということは紀子も苦労して育っただけにわかっていて、だからこそこれまで自分ひとりで勝手気ままに間に合わせを食して終わっていた夕食についても特別に造った。
誠に持たせるお弁当までもが誠の出世がかかっていると思い込み、その出費は今の生活では痛かったが、好きな男の将来ゆえ苦しみを口に出すことは出来ないと自分の食を細くしても分け与えた。
卓の世話で週に数回男に抱かれたからと言って紀子は一銭も受け取ることは無く、全てはこれまでコツコツと夢にまで見た演劇のため貯金を切り崩しては生計を立てて行かざるをえなかった。
誠も会社で得た給料は封を切らずに紀子に手渡してくれてはいたが、紀子はこれを全て誠の将来のためにこっそり貯金し、夜 誠が話してくれる夢を自らの夢にダブらせることで諦めた。
「紀ちゃん、悪いんだが夕方一時間ほど残業を・・」
書入れ時に学校を理由に早仕舞いしていた我侭が通る訳も無いことは判っていて曖昧な返事を繰り返していた紀子だが、正直生計は限界に来ていた。
夕方の一時間店を手伝えばせめてひとり分の食事代は捻出できる。
この頃になると日々の米代にも事欠いた。
結局出勤が遅れる分だけ残業をすることになり、その分細い肩に家事が重くのしかかる。
学生のころテレビ番組を見ながら夢にまで見た歌手への道を、誠のために完全に諦めざるを得なかった。
助かるのは誠の会社も年度末を迎え連日残業を繰り返すことで、場合によっては深夜業務もあったりしてふたりで過ごす時間は日増しに少なくなっていった。
それでなくともこれまでは週に二〜三度迎えが来ていたものがこの頃は連日のように急き立てられる。
それもこれも誠の将来のためだと思えばこそやむを得ないと諦めて、気が付けば店番は深夜にまで及ぶこともあった。
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